金曜の夜は別の人になりたい

人生は割とへっちゃら

時代錯誤な作文

ChatGPTの話を耳にすることが増えてきたような気がする。仕事のほうでも少し使う機会があり、確かに便利だと感じている。

有料版を使っている人もいるみたいだが、自分の場合は無料版で事が足りている。Google先生に聞くか、ChatGPTに聞くか、のレベルだから課金のことはまだ考えていない。

有料版を使っている人が、どのような効果を期待してお金を払っているのかがよく分かっていない。無料版(GPT-3.5)のほうはAIの学習データが古い(確か2021年9月とかだったはず)みたいなので、新しい学習データを使いたいということなのだろうか。追加アドオンとやらが便利すぎるのだろうか。AIからの返事も質が高いものになっているらしい。やはりそこなのだろうか。既に誰かが答えを出している質問ばかりしている自分にとって見れば、まだまだ使う機会がなさそうな機能ばかりだ。流行にはちゃんと乗り遅れている。

個人の勝手な想像だが、有料版を使っている人のほとんどは、何らかのビジネスマンなのではないかと思っている。いつも何か課題を探していて、それを具体化して解決したいと考えている。そのための助け舟として、AIにその役割を期待しているのではないかと。まあよく知らんけど。

AIを使ってブログを書いている人もきっと多いはずだ。SEOを学ばなくても、AIがいい感じに対策を盛り込んでくれるのだろうから。画面だってそうだ。HTML、CSSJavaScript などの実装ができなくても、AIがいい感じの画面を作ってくれるのだろうから。記事の大枠だって、AIがいい感じの叩き台を書いてくれるのだろう。

残念なことに、自分はこのブログのほとんどの記事を自分の携帯(iPhone)のみを使って書いている。予測変換の場合もあるが、基本的にはフリック入力で1文字ずつ地道に書いている。自分が考えていることを、文字通りコツコツと音を立てながら作文している。

そしてSEO対策のことは1ミリも考慮できていない。画面についても見づらくなければそれで良いと思っている。記事の大枠も書きながら決めている。着地を考えずに書き始めることもある。

我ながら効率は悪いと思う。ChatGPTを知りながら敢えて使っていないのだからタチも悪いと思う。でも今はこれで良いと思っている。

自分が何を考えているのか、自分でもよく分からなくなる日がある。自分の考えをある程度の粒度まで自力で整理し、表現できるようになるまでは、この時代錯誤な作文を続けていきたいと思っている。ChatGPTの活用はそのあとに考えることにしたい。