金曜の夜は別の人になりたい

人生は割とへっちゃら

2026年の秋について

身動きが取れないほどの満員電車の中でも携帯をいじっている人がいる。大抵の人はゲームをしたり動画を見たりしている。現実逃避をしたい気持ちは分かるし、私も同じだけれども、それ本当に今やらないと駄目かな?と聞いてみたくなる。私が知らないだけで、狭いところでしかできないリズムゲームがあるのかもしれない。

ある朝、いつものように満員電車に乗っていた。目の前に立っている男の人は忙しそうに携帯をいじっているみたいだった。ふと、その人の携帯が視界に入ってきたので、どんなリズムゲームをやっているのか見てやろうと思い覗き込んでみると、地図アプリで「次に行きたい場所」を登録しているところだった。どうやら隣町の植物園に行きたいらしい。植物園に行きたいと思ったことがない私と比べるなら、優しいのはきっと彼のほうだと思った。

仕事先のコンビニで買い物をしていると、近くにある音楽系の専門学校に通う学生らしき若者をよく見かける。いわゆるロキノン系(死語)のようなお洒落な人もいれば、普通の格好でギターを担いでいる人もいる。巷では、実践的でない専門学校に通うことを無意味だと言う人もいるけれど、私はそうは思わない。ちゃんと意味はある。いつか鳴らしたギターの音が誰かの背中を押したかもしれないし、いつかの創作が思いがけず自分自身を救うこともあるからだ。たとえ卒業後の進路がいまいちだったとしても、そこでの出会いや過ごした時間は、きっとその人の未来を豊かにしてくれると思うから。

私はいつも安くて良いものを探している。しかし、それらに出会う機会は少なく、大抵は安くて微妙なものか、値段相応のものが多い。結局、良いものにはそれなりの値段が付いているということを、30代半ばになってようやく気付き始めている。もちろん、高くて微妙なものも存在する。その辺りの目利きがろくに育たないまま大人になってしまった。学ばずに同じことを繰り返しては損をしたような気持ちになる。いたちごっこ、魂のいたちごっこだ。

曇り空が多い今日この頃、珍しく青い空が見えたある日の午後、ふと鈴虫が鳴いていることに気づいた。もう秋なんだなって思った。2026年の秋はどんな秋になるのだろう。コンビニの学生たちは音楽の秋になるのだろうか。いつかの電車で乗り合わせた彼は、植物園の秋になるのだろうか。私といえばどうだろうか。UNIQLOの秋、無印良品の秋だろうか。奮発の秋にしても良いだろう。結果的に良いものが手に入ればそれで良い。そんな秋にしたい。

麺は硬めが旨いという風潮

よく晴れた暑い夏の日、ラーメンを食べながら昔のことを思い出していた。

保育園のころ、男の子の友達は園庭でボール遊びをしていた。一方、女の子の友達は室内でおままごとやセーラームーンごっこなどをして遊んでいた。ボール遊びもおままごとも嫌いではなかったけれど、私はどちらにも混ざらず、お遊戯室の隅っこで絵本を読むことが多かった。アンパンマンやかいけつゾロリみたいな話よりも、三匹の子豚や赤ずきんちゃんなどの昔話が好きだった。話の内容ではなく、絵を眺めることが好きだったので、文字を邪魔だとさえ思っていた。

小学生のころ、ミツグくんという友達がいた。彼には耳を少しだけピクピクと動かせるという特技があって、みんなはそれを気味悪がっていたけれど、私はいつもすごいなと思いながら見ていた。ミツグくんはトラックが大好きで、いつも私にトラックの話をしてくれた。当時も今もトラックに興味がない私は、ミツグくんから聞いたトラックの話を何ひとつ具体的に思い出せない。けれども「大人になったらトラック運転手になりたい」と話していたミツグくんの笑顔を、私は今でも覚えているのだった。

先日、Taylor Swiftの「Opalite」のミュージックビデオを見ていた。最後の大サビのダンスシーンでは、テイラーさんが演じる主人公と恋人が、楽しそうに踊っている姿が微笑ましかった。踊り切ったあと、審査員全員に0点を付けられたというのに、2人はやり切ったことを喜び、お互いを称え合っていた。そのシーンがすべてだと思った。誰のためでもなく、自分たちのために、自分たちが好きなことをやるだけで良いのだと感じた。

体感では、10人に8人くらいがラーメンの麺を硬めで注文しているような気がする。豚骨ラーメンは特に、麺は硬めが旨いという風潮が顕著だ。麺は柔らかいほうが好みな私は、家系ラーメンを食べるときはやわめで注文することが多い。注文のときに店員さんに復唱されると、少しだけ恥ずかしいような気持ちになる。私はただ、好きなものを好きなようにして食べたいだけだ。ボール遊びに混ざらない少年も、審査員に0点を付けられた二人も、自分の好きなことをしていた。トラック好きの彼は、今ごろどこで何をしているのだろうか。トラック運転手になっていても、なっていなくても、楽しく過ごせていればいいなと思う。汗をたらし、柔らかい麺をすすりながら、そのようなことを考えていた。

20260814

今日は休みを取ってサマーソニックに行った。海浜幕張に来たのは何年振りだろう。京葉線に乗ったのも久しぶりだった。早めに移動したけど雨の影響で快速に乗れなかったから時間に余裕がなかった。でも各駅停車の京葉線は初めてだったから、知らん駅をいくつも通り過ぎていくのが結構楽しかった。

Strokesのためだけにプラチナチケットにしたけれど、なんかもったいないような気がしたのでBUMP OF CHICKENも観ることにした。最近の曲が中心のセットリストだったからか、知らんバンドを観ているみたいだった。遠い昔、高校生くらいのときにBUMPのライブに行ったことがあった。音楽性はだいぶ変わっていたように感じたけれど、ボーカルの藤原さんの雰囲気は変わっていないように感じた。「光が眩しくてエフェクター見えなかったよ、ただでさえ目が悪いのに」というMCを聞いたとき、藤原さんらしさみたいなものを感じたのが印象に残った。

パンプが終わってストロークスが始まるまで1時間くらい時間が空く予定だったから、その間にグッズを買う予定だったけど、グッズ売り場の場所が分からなかったので諦めた。ウェルカムドリンク飲んだりトイレ行ったりしてたら1時間なんて一瞬で過ぎてしまった。今日は休みだったから少し早めに会場入りしておけば良かった、とライブに行ったあとにいつも思う。今回も例外ではなかった。

Strokesのライブは本当に素晴らしかった。ライブを見るのは今日が初めてだったから、感動して泣いちゃうかもしれないと思っていたけれど、楽しいという気持ちのほうが強くて涙は出なかった。往年の名曲をみんなで大合唱したのが楽しかった。アンコールで「You Only Live Once」を演奏してくれたのが最高だった。最後の打ち上げ花火も綺麗だった。

滞在時間はそれほど長くなかったけど帰りはクタクタになってしまった。帰りの電車で座ってても足や腰が痛い。程よい疲労感とStrokesの余韻に浸りながらこれを書いている。やっぱり生で音楽を聴くのは楽しいし大好きだということを再確認できた一日だった。

さむthんぐ

時の流れは早いもので、独立して丸2年が経っていた。仕事がなくて2ヶ月くらい空いてしまったこともあったし、チャレンジングな仕事を受けて体調を崩してしまったこともあった。会社員のときにはできなかった経験をして、自分が優先したいものは何か、自分にできることは何か、みたいなことを改めて考える日も少なくなかった。今の気持ちは今しか書けないと思うから、素直に書いてみたい。

人と会って話すとき、何かがズレているかもしれないと感じることが多くなった。それが良いものなのか悪いものなのかは分からない。ある人は残業が多いぶん収入も多いけど、家族との時間や自分の時間がなくて大変だと言っていた。またある人は、収入はそこそこだけど4人家族を支える大黒柱として日々プレッシャーと戦っていると言っていた。向いていないことを自覚しながら渋々管理職を全うしている人もいた。本当に人それぞれの生活があって、その生き方については何も間違っていないと思えたけど、自分の生き方については間違っているような気がしてならなかった。

まるでゲームみたいだなと思った。ある人はスーパーファミコンで「スーパーマリオワールド」をやっていて、ある人はニンテンドー64で「スーパーマリオ64」をやっている。ある人は嫌々「たけしの挑戦状」をやっているけど、周りには助けてくれる人がいて、みんなでクソゲーだねと言って笑い合う日もある。ある人は自分から望んで難しいと噂の「SEKIRO」で遊んでいて、周りにどう思われても気にせず没頭している。みんなが据え置き機で遊んでいるなか、自分といえば携帯機で遊んでいて、ゲームボーイで「ヨッシーのパネポン」をやっているような感じ。みんなそれぞれのゲームを楽しんでいて、良いなと思うけど、自分がやっているゲームだけは何か違くない?と思ってしまう。ひとりだけ携帯機だし、ひとりだけパズルゲームをやっているから。

そういう世間とのズレみたいなものは、独立する前からある程度想定していたし、十分耐えられると思っていたけれど、塵も積もれば山となる、とはよく言ったもので、みんなと少し違うことに対する寂しさに似た何かを感じることが多くなった。ひとりで2年やってみて、そういうことを今は思っている。たまに、昔は自分と同じゲームを遊んでいるように感じていた仕事仲間のことを思い出す。今はもう疎遠になってしまい、この先会って話すこともほぼないだろう。だけど、世間は自分が思っているほど広くないから、お互いに生きてさえいれば、またいつかどこかで再会できるかもしれない。そんな淡い希望のようなものを糧にしながら、日々自分がすべきことをしている。すべきことと言っても、毎日ご飯を食べたり水を飲んだり、運動がてら少し散歩してみたりといった、生活の中にある最低限の営みだ。生活の中に仕事があるのだから、仕事なんかなくなったときにまた探せばいいのだ。人生は割とへっちゃら。みんなと同じじゃなくても。

つらつらと長くなってしまった。最後まで読んでいただきありがとうございます。ここまで読んでくれた人に何か良いことが起こりますように。

piatdeisui.hatenablog.com

20260701

朝起きたときから気分の落ち込みがあった。神保町で電車を乗り換えるときに、すれ違うたくさんの人たちの姿を見ていた。誰にバレたとしても構わないと言うのに、この気分の落ち込みを誰にも悟られないように背筋を少し伸ばしながら歩いていた。誰と戦っているのかだけは本当に分からなかった。iPhoneからランダム再生していたイヤホンからは、The Click Fiveの「Don't Let Me Go」という曲が流れていた。

月末月初の事務作業、健康診断の予約、そういう細々としたことの殆どを後回しにしている。疲れすぎて何もしたくない。それなのに何故か余計ことを考えてしまった。あの頃と比べて今はどうだとか、誰かと自分を比べてしまったりとか、そういう下らないこと。精神を削り、脳みそのバッファを全て食い潰すようなこと。ただでさえ疲れているのに、一日中ずっとそんなことを考えてしまい余計に疲れてしまった。

何か嫌なことがあった訳ではない。どうして落ち込んでいるのかも忘れてしまうくらい些細なことだったかもしれない。だからこそ夕飯を食べたら少し回復したのかもしれない。家に着く直前まで、今日はもう何も出来ないと思っていたけれど、月末月初の事務作業は何とか終わらせることができた。

20260605

DMA'Sの新曲をYouTubeで聴いていた。すごく良くて昨日から何回も聴いている。メロディはゆっくりなのに、それを急かすようなリズム帯、演奏が相まってなんか不思議な感じ。すごく実験的なことをしている感じがしてクリエイティブだと思った。MVにサポートメンバーが出てるのもすごく良いと思った。昔のことを思い出してしまった。定禅寺通りの、毎日が楽しかった日々のことを思い出してしまった。

月末のStrokesの新アルバムが楽しみすぎるから、それまでは生きていかなければならない。来月は来月でDMA'Sの新アルバムがリリースされるから絶対に生きていなきゃいけない。お金を使いすぎて自己嫌悪になっていたけど、マジでほんのちょっとだけ元気になったというか、もう少し生きていけそうな気持ちがした。そういうのの繰り返しで、どうにか今日まで生きて来れたのかな、とも思った。

20260530

昨日飲みに行ってお金を使いすぎたことを後悔している。お酒の勢いや周りの空気感でお金を払いすぎてしまった。自分は本当に馬鹿だなと思う。朝に帰って夕方まで寝て、冷静になった今、気分は最悪だし泣いて済むなら大号泣したい。帰りに落としたのか領収書は無いし、記憶も曖昧だし、昨日会った人全員嫌いになりそう。クレジットカードの請求が怖すぎる。一括で払ったはずだからネットから分割払いに変更しないといけない。戒めのために12回払いにして請求書を見るたびにウッてなるようにしようかな。でもやっぱり早く忘れたいから3回払いくらいにしようかな。後悔がこんなに長く続いているのは久しぶりだ。ほんと嫌な気分。後悔したくない。