金曜の夜は別の人になりたい

人生は割とへっちゃら

ため息とアイスコーヒー

その日はテレワークの人が多くて、職場にはあまり人がいない日だった。人がいなくても仕事(というかやること)は普通にあって、私は何となく働いているポーズをしながらコンビニで買ったアイスコーヒーを飲んでいた。

私の席の後ろの島は別の部署の島になっている。後ろの島も私の島と同じように人が少なくて、出社している人は私と同じようにダラダラと過ごしているように見えた。

確か木曜か金曜の午後とかだったと思う。午前中読めなかった急ぎではないメールを読んでいると、ふと後ろの島から雑談の声が聞こえてきた。初老のおじさん(話したことはないけど見た目がそんな感じ)と新卒風の若手の人が話しているみたいだった。初老のおじさんが「あっと言う間に時間が過ぎる、もう1年の何割かが終わってしまった」みたいなことを言ってて、若手の人が「そうですねえ」と相槌を打っていた。しばらく2人は沈黙し、初老のおじさんは大きめのため息をついた。「おっといけねえ、幸せが逃げてしまう」と初老おじは言った。続けて「知ってるか、ため息をつくと幸せが2、3個逃げていくんだ。だからため息は控えたほうが良いんだ」と言った。

シンプルに凄いなと思ってしまった。幸せを2、3個以上も持っているなんて羨ましいなと思った。「そうですね、気をつけます」と返事をしていた若手の人も、きっといくつもの幸せを持っているのだろう。私はもう呼吸を止めてしまいたかった。いくつもの幸せを持っている人たちと同じ空間に存在してて良いのかなと思った。私はあまりため息をしない。というか出ない。それは吐き出す幸せが無いからなのかもしれない。

その日は少し肌寒くて、いつもよりもアイスコーヒーが冷たいような感じがした。氷がほとんど溶けてしまって、少し水っぽいコーヒーだった。それでも体力は少し回復したような気がした。ちょっぴり幸福感のような風情もあったけど、蓄積されるような代物ではなさそうだった。とてもインスタントで小さいものだった。今の私の身の丈に合っているような気がした。全然こんなんで良いやって思った。